建設業の労災で元請け責任が問われた場合、高額な支払いを命じられる判例は大変多く見受けられます。
建設現場においては元請業者がすべての下請業者の労災補償をすることが労基法でも義務化されています。
元請としてここまでの責任を負わなければならないのか、実際の建設現場では細かいことは守っていられないよ、などの声も大変多く聞きます。
ですが、実際に現場作業をする下請業者の誰かに重大事故が起きないようにしなければならないのは、元請としての当然の責任と言わざるをえないのが最近の実情です。
今回は建設現場での労災の元請責任の大きさと、その対策について書きましたので是非参考にして下さい。
1.再認識しておきたい労災発生時に元請責任が問われる理由
1-1.元請は現場の全下請けの労災を補償する義務がある
労働基準法では元請は「使用人」という位置づけになり、
現場で数次にわたるすべての下請負人に対して災害補償の義務が課せられます。
元請はすべての下請に対して「指揮・管理・監督」をする責任と義務があります。
つまり、すべての下請を労災から守る「安全配慮義務」が発生するのです。
1-2.元請と下請との関係性から見え隠れする建設業のホンネ
大手ゼネコンのような元請業者と、その下請業者、さらに下請業者、そのさらに下請の一人親方にいたるまで、建設業では請負の流れの中にいくつもの業者が絡んできますよね。
実は「労災が使いづらい」という建設業独特の問題点が、解消されていない状況もあるようです。
その大きな理由は、建設業の元請と下請との関係性です。
「仕事を発注する側」と「仕事をもらう側」の構図でしょう。
労災事故が発生した時に元請と下請が考えること | |
---|---|
元請企業 | 下請の職人に重大な労災事故があった場合、今後の受注に影響するのでは・・・ 労災事故により労基署の立ち入り検査が入る!工期が遅れてしまう・・・ 下請が起こした労災事故なのだから、下請で処理してほしい・・・ |
下請企業 | ウチの職人の労災事故が原因で今後の取引に影響を及ぼしかねない |
やはり元請・下請ともに今後の商売に影響を及ぼしかねないという不安が一番の理由でしょうか。
「労災隠し」は労基法でも明確に犯罪行為とされていますし、その影響のほうがより多くの損失を招くことは火を見るよりも明らかです。
工事のやり直しや、施主からのクレームだって
すべて元請けであるウチが面倒を見なきゃいけないんだ !! “
元請企業からこのような声が聞こえてきそうですが、元請け責任とは、こと労災においては確実にすべての下請に対し安全配慮義務が発生すると思っておいた方がよいでしょう。
責任を当然負うという前提 で対策を考えていく方が会社のリスク管理としては得策だと言えます。
2.労災訴訟となれば高額な支払い命令や刑事罰も
2-1.死亡事故が多ければ労災訴訟リスクは高まる
死亡災害の件数を見てもわかる通り、建設業は全業種の中でも死亡事故が依然として多い状況です。
死亡事故ともなれば、残された遺族は生活不安も抱くでしょうし、「どうしてウチの主人が死ななきゃいけないのか…」などの喪失感にかられることでしょう。
死亡の原因を究明していくうちに、過酷な労働条件で働かされていた事実や、直接雇用のあった会社や元請け企業の遺族対応が誠実さを欠いていたとしたら、それは遺族の不安や怒りとなり労災訴訟へと発展していくことも容易に想定されます。
2-2.労災訴訟の高額な判決額が与えるダメージは甚大
下の表は、さまざまな業種で起こった労災訴訟の高額判決例です。
判決額を会社の経常利益や売上に置き換えると、どれだけの利益が吹き飛ぶのか、どれだけの売上に相当するのか経営者であれば背筋が凍り付くダメージですよね。
注目すべき点は、この判例は大企業だけでなく中小零細企業へも高額判決が下されているところです。
判決金額 | 業種 | 判決年 | 事故内容 |
---|---|---|---|
1億8,785万円 | 製造業 | 平成20年 | 過重労働による重篤な精神障害 |
1億8,700万円 | 飲食店 | 平成22年 | 店長の過重労働による重篤な精神障害 |
1億6,524万円 | 製材業 | 平成6年 | クレーンから落下した原木の下敷き、後遺傷害 |
1億3,500万円 | 病院 | 平成14年 | 研修医が過労により心筋梗塞、死亡 |
1億2,588万円 | 広告業 | 平成8年 | 長時間労働によるうつ病を発症、自殺 |
1億1,111万円 | 飲食品製造業 | 平成12年 | 過酷な労働環境の悩みからうつ病を発症、自殺 |
1億700万円 | 病院 | 平成19年 | 医師が過労により急性心機能不全を発症し死亡 |
1億398万円 | 協同組合 | 平成21年 | 過重労働によるうつ病、自殺 |
9,905万円 | 建設業 | 平成22年 | 現場監督が長時間労働でうつ病を発症、自殺 |
9,164万円 | 建設業 | 平成10年 | 現場所長が工期の遅れからうつ病を発症し自殺 |
*労災問題研究所調べ2012年
2-3.元請は孫請けの一人親方の労災事故でも責任を負う
もともと国の労災が効かない一人親方はもちろん、下請の事業主(社長)も現場で作業をします。
元請としては、一人親方や下請の事業主に対して「労災の特別加入」に加入するよう徹底しているのは大手ゼネコンやハウスメーカーなどでもよく聞く話です。
しかし、現場で労災特別加入をしていない一人親方の死亡事故発生!となったときに、元請責任が発生するでしょうか?
「100%の責任ではなくとも、被害者の過失があったとしても、必ず責任を負う」
と思っておいた方がよいでしょう。
上の表でも「下請B」が連れてきた「下請Cの一人親方」と元請とは直接の雇用ではありませんが、元請は「使用者」として見なされるので、過失があろうが無かろうが災害補償責任を負います。
使用者と見なされる元請はすべての下請の安全に配慮する義務を負います。
「労災の特別加入の指示徹底」が焦点ではなく、死亡事故までのプロセスが元請責任のポイントとなってきます。
・ 被害者の健康状態を把握していたか
・ 作業工程には時間的な無理はなかったか などなど・・・
さまざまな角度から、
死亡事故を起こさないために全力で被害者の安全に配慮したのか という検証が行われます。
3.万全を期しておきたい元請責任に対する対応策
3-1.労災事故は確実に元請け責任がある前提で行うべき2つの対策
国交省や厚労省や建災防など、国や各団体などでも労災防止対策にこれほど力を入れるのは、やはり労働災害がまだまだ減らない現状を懸念してのことです。
・ 厚生労働省「建設業における総合的労働災害防止対策」
・ 建災防「建設業労働災害防止対策実施事項」
・ 国土交通省「建設業法令遵守ガイドラインの改訂について」
3-1-1.対応策1:決められたガイドラインを守る
特に強調されているのは、
・ 安全衛生管理体制の確立
(事故防止システム導入、リスクアセスメント、メンタルヘルスの実施など)
・ 末端の業者までの安全教育の徹底
法令遵守や安全管理の意識は大変重要ですが、
「少ない建設コストで施行しなければならない」
「短い工期でそこまでやってられない」などなど…
“現場の声”との温度差を生むことが問題視されていますが、その問題点を見て見ぬ振りをするのではなく、一つ一つ改善していくことが元請企業として労働災害を防ぐ責任の一つとも言えます。
労災事故がひとたび起これば、責任の矢おもてに立たされるのは元請企業です。
国や各団体のガイドラインを守ることは元請責任を果たし、企業として生き残るための命綱でしょう。
3-1-2.対応策2:企業防衛的にも下請を守るために“労災上乗せ保険”が必要
死亡事故や後遺障害などの重大事故で労災訴訟になった場合、訴訟額は数千万円から億単位まで膨れあがることが想定されます。また、被害者と直接雇用のある下請にとどまらず元請にも責任追求がおよぶことを前 提にすると、当然ながら政府労災だけでは負担しきれない甚大な費用がかかることは明らかです。
3-1-3.政府労災には“慰謝料”はないので保険でまかなう必要
図の通り、訴訟での損害賠償請求となれば「逸失利益」を労災保険ですべてまかなうのは困難になります。また、「慰謝料」はそもそも労災保険には含まれてないので、まるまる支払うことになります。
ですから、一般的に政府の労災保険とあわせて民間の損害保険会社が取り扱っている、いわゆる「労災の上乗せ保険」に加入するようにしましょう。
*各保険会社によって商品名は異なります。
今では「労災の上乗せ保険」は一般的になってきましたが、甚大な損害賠償額に備えるのはもちろんのこと、被害者への慰謝料や見舞金の性質も兼ね備えているものを選びましょう。
3-1-4.労災の上乗せ保険でチェックしておきたい2つのポイント
ポイント1.巨額の損害賠償請求に耐えられるか
特別加入に入ってない一人親方が現場で死亡し、遺族から損害賠償請求された場合などを考えると、政府労災からもらえるものはなく、訴訟での判決額をそのまま払うことにもなりかねません。
ですから、“巨額の損害賠償請求に耐えられる保険”に加入することが必須です。
その名の通り、“使用者賠償責任保険”という保険が、労災事故で従業員や下請から会社が損害賠償請求されたときに対応する保険です。
いままでの労災訴訟の判例でもわかる通り、死亡や後遺障害などで訴訟となれば数千万から億単位の損害賠償金額になるこが想定されます。
結論からいくと、“使用者賠償保険”は“限度額1億円以上”の設定が望ましい でしょう。
例えば、次の慰謝料と逸失利益のおよその目安の表を見てもわかる通り、「死亡の場合よりも重度の後遺障害のほうが逸失利益がはるかに高額」 ということです。
39歳で1級の後遺障害の場合:慰謝料2,800万円+逸失利益8,716万円=1億1,516万円
あくまでも目安ですが、1億円は軽く超えてきます。
特に働き盛りの30代後半から40代あたりまでは、死亡時の逸失利益は高く、後遺障害ともなれば死亡よりもはるかに高額であることが表からもわかります。
車いす生活を余儀なくされた・・・
寝たきりになってしまった・・・
など、被害を受けてからの苦しみは被害を受けた本人だけでなく、家族も共有して生きていかなければなりません。被害にあってからずっと必要となる介護費用なども考えると死亡時より高額になってしまうのも理解できます。
使用者賠償責任保険のまとめとして、「限度額は必ず1億円以上であることが必須」です。
ポイント2.すべての下請業者(一人親方も)が補償の対象であること
建設現場には元請企業もまったく顔の知らない業者が数多く出入りします。
不特定多数の下請業者や、労災の効かない下請の事業主や一人親方にも補償が行き届いたものを選びましょう。
「ウチの正社員には補償はかかっているけど、下請にはかかってない」
「実は一人親方などは対象にならない内容だった」
労災の上乗せ保険では、このような“補償のモレ“が絶対にないようにしましょう。
誰に何があっても補償できる状況にしておくことは元請としての企業防衛策の1つです。
まとめ
- 元請業者は全下請業者を労働災害からまもる義務があります。ひとたび労災が発生すれば「安全配慮義務」から元請責任を追求されるものと考えておきましょう。
- 労災訴訟は年々高額化しており、また元請業者に悪質性があると判断されれば刑事罰を科せられることもあります。なので、国や各建設団体などのガイドラインに則り、法令遵守や安全衛生管理体制の確立、末端の下請業者への安全教育の徹底が重要課題となっています。
- “労災の上乗せ保険“では”使用者賠償責任保険“の限度額は1億円以上が望ましく、すべての下請負人を補償の対象とするよう設定することが必須です。