経営者の皆さんで、労災訴訟の時に使用者賠償責任保険がどれだけ会社を守ってくれるかをご存知の方も多いことでしょう。ですが「労災訴訟なんてウチの会社には関係ないよ」と、なかなか加入にまで至らないのはなぜでしょうか。
実は、会社が訴えられやすく負けやすくなった最近の時代背景を知ることで、使用者賠償責任保険に加入すべき明確な理由がわかるでしょう。
「ウチの主人はこんなにこき使われて、挙げ句の果てに事故死した・・・」遺族は感情的になり、訴訟となれば数千万から億単位の訴額です。
ですから、会社はこの甚大な経済的リスクに備える保険に加入することで、被害者にも責任を果たすことができ、何よりも今後の会社経営を守ることにつながるのです。
今回は使用者賠償責任保険が会社にとって必須である理由と、加入のポイントをわかりやすくまとめましたので、是非ご参考ください。
1.使用者賠償責任保険が会社にとって必須である3つの理由
使用者賠償責任保険が会社に必要となった時代背景の要因として、
「会社は、働く人を労災や健康被害から守ることが当然の責任であり、業務上発生したのであれば相当な責任を負わされる」 時代になったからです。
逆に、働く側はネットで「ブラック企業撲滅」を掲げたユニオンやNPO団体、弁護士ドットコムやYahoo知恵袋など、あらゆる相談先で、“会社に責任をとらす”手段を簡単に手にすることができるようになったのです。
会社は労災訴訟されやすく、そして働く側は強くなった今日では、会社の経済的リスク対策として使用者賠償責任保険に加入するのは自然の流れでしょう。
では、その理由とポイントをいくつか解説していきましょう。
1-1.甚大な経済的リスクから会社を守るために加入しておく
労災訴訟が会社に与えるダメージは何と言っても経済的損失です。
損害賠償金は年々金額は高額化しており、数千万円から億単位にまでのぼる判例も大変増えてきました。
例えば、「2億円」の損害賠償金が会社にとって“痛恨の一撃”になるのか、“へっちゃら”な金額なのかは、会社の事業規模やキャッシュフローによっても違ってくるでしょう。
例)判決額「2億円」は経常利益2%の会社では売上100億円に相当
数千万円から億単位のキャッシュを“ポンと出せる”ようなキャッシュリッチな会社ならともかく、そうでない会社はやはり使用者賠償責任保険に加入して甚大な経済的リスクに備えておくことが賢明です。
上場企業のIR情報によく、“労災訴訟による経済的リスク”が表記されていますが、使用者賠償責任保険の加入によるリスクヘッジを行っている企業もたくさんあります。
1-2.億単位の高額な訴訟に対応する保険は使用者賠償責任保険だけ
高額な判決金額は、大企業だろうが中小零細企業だろうが関係ありません。
やはり、1人の人間の尊い命が亡くなることの重大さと、会社の責任の重さを反映した金額でしょう。判決金額は数千万円から億単位は当たり前となりました。実際に平成の今日、判決や和解における平均金額は、昭和の時代の約2倍と跳ね上がっています。
今後、死亡や後遺障害などの重大な労災事故の場合で訴訟となれば、軽く1億円を超える損害賠償金額を請求されることは明白です。
ですから、高額な労災訴訟で会社が傾かないよう、経済的リスクを使用者賠償責任保険でカバーしておく必要があるわけです。
1-3.政府労災は自賠責保険のように最低限の補償しか出ない
「会社は労災保険に強制加入しているんだから、それで足りないのか?」
残念ながら政府の労災保険の給付金額は最低限であり、億単位の金額など出てきません!
ですから、訴訟で判決や和解となればかなりの不足分が発生し、それを会社が負担することになります。
イメージは自動車保険で言うところの“自賠責保険”といったところです。
自動車保険の場合、任意保険もあるから“対人の損害賠償”は保険がすべて肩代わりしてくれますよね。
一方、労災保険はどうかというと自賠責と同様に“最低限の補償”しかもらえません。
たとえば“慰謝料”は労災からは出ません。
ですから会社は損害賠償請求が来た場合、労災で足らない部分は会社がすべて負担することになってしまうのです。
【労災保険の給付のイメージ】
自動車保険は自賠責ではまったく足りないので、任意保険に加入しますよね。
それと同様に、労災保険も任意保険にあたる“労災の上乗せ補償”を準備することが大切です。
2.労災の上乗せ”として使用者賠償責任保険に加入する時の注意点
2-1.「1名あたり」と「1災害あたり」の限度額を必ず確認する
労災訴訟となれば“億単位”の損害賠償請求がされることが当たり前の時代になりました。
被災者一人の訴額だけでも2億円を超えることも想定されます。
これだけの甚大な金額に耐える限度額でなければなりません。
少なくとも「3億円以上」の限度額設定が望ましいでしょう。
各損保会社が使用者賠償責任保険を取り扱っていますが、パンフレットなどの表記に注意です。
支払限度額例 | 「1名につき」とか「1名あたり」、「1災害あたり」とか「1労働災害あたり」という表記があります。 左の例では、“1人の従業員から”労災訴訟された場合、保険から支払われるのは2000万円が限度ということになります。 |
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「1災害につき」とは、1つの事故で複数人が被災したようなケースで、複数人から訴訟された時の限度額が1億円限度ということです。
従業員が労災で死亡し訴訟に至った判例では数千万から億単位の時代です。
ですから、「1名につき」の限度額は必ず3億円以上の設定にしましょう。
2-2.死亡や後遺障害の一時金が出る保険を別途プラスする
使用者賠償責任保険は“労災訴訟されたとき”に発動する保険の性質上、一時金などの保険金はありません。
例) ➕ ②使用者賠償責任保険で訴訟対応:3億円限度 |
ですが、従業員の死亡時には、会社の就業規則の「弔意金規定」に基づいて、遺族に見舞金を渡すことになりますよね。
従業員が労災で死亡すれば遺族とはお金の話もすることになります。
○ 労災保険からいくらぐらい出てくるのか、およその金額の見立てを労基署や社労士と確認し、遺族に伝える
○ 会社からの弔意金としてまとまった一時金を渡す
○ それでも金額的に遺族が納得いかなければ訴訟に発展する可能性
○ 訴訟対応として使用者賠償責任保険で対応
ですから、「一時金」として機能する生命保険や傷害保険などにプラスして、訴訟対策の使用者賠償責任保険の2重カバーが一番合理的と言えます。
〜コラム「社員の死亡弔意金の実態」〜
下記の表は社員が死亡した時に会社が弔意金として払う金額の平均値を出した表です。
大きな金額を支払う会社は保険を活用する場合が大半です。
また、勤続年数に応じた支給額の差をつけている会社もあります。
業務上死亡となれば、労災保険からの支給もありますが、弔意金規定に基づいて保険などで一時金を確保することが望ましいでしょう。
3.保険の設計は“労災訴訟の経験のある”プロ代理店に任せよう
これは大変重要なのですが、会社の従業員構成や管理体制、下請けの有無などで、会社がどこまで保険をかける必要があるのかは変わってきます。法律的に会社が責任を負う範囲に“モレ”があってはいけません。労災周りのことを熟知したプロに任せましょう。
弁護士と同じように、保険代理店でも生命保険に強い、火災保険に強いなど得意なジャンルがあります。
必ずこの使用者賠償責任保険に関しては、“労災訴訟の事案に強い”プロの保険代理店に任せましょう。
知識だけでなく、実際に訴訟事案に対応したことがある人の方がより心強いです。
保険の設計に関しては、社員の人数や管理体制(下請有無など)で、会社ごとにカスタマイズすることが大切になりますので、プロの保険代理店で“労災訴訟の事案に強い方(実際に労災訴訟を経験したことのある)”にぜひ相談しましょう。
まとめ
本人や身内が労災事故で後遺障害や死亡するような事態になったら、会社への責任追及や金銭的な損害賠償請求はよりやりやすくなった環境になったと言えるでしょう。
ネットを通じて弁護士やユニオンとも気軽に相談できるようになり、会社に対する訴訟リスクは明らかに高まったと言えます。
これからの時代、会社は使用者賠償責任保険などで会社を労災訴訟リスクから守ることが必須となりますので、確実に現在の保険の状況を確認し、必要あらば労災に強いプロ代理店に相談しておきましょう。
〜 コラム『どうして最近、訴訟が多くなったのか』 〜
1. 労災事故が起これば会社が責任を負わされる時代になった
「主人が世話になっていた会社に対して訴訟を起こすなんて気がひける…」
そんな“日本人的”な考え方はもう一昔前の話。近年は「労災訴訟」という手段で会社に責任を取らせるケースが当たり前のようになってきました。
もし一家の大黒柱が仕事中に事故で死んだともなれば、
「会社はウチの主人に何をさせたの」
「残された私たち家族はどうやって生きていけばよいの」
「主人が死んで会社は何かしてくれるのか」 etc…
事故に至った原因は何なのか、これからの生活不安、家族を失ったやるせない気持ちなど、様々な感情が会社に向けられるのは当然でしょう。
会社が負わされる責任は甚大な損害賠償金であったり、社会的信用の失墜であったりもします。
果たして遺族や家族の抑えきれない感情は、会社を訴えることで晴らすことはできるのでしょうか。
次の章で具体的に見ていきましょう。
2.働く側が労災訴訟をしやすくなった
誰もがインターネット上であらゆる情報を取れる時代になりました。
ネット上であらゆる事例をたくさん見ることができますので、自分のケースに置き換えることも簡単です。
ですから、労災事故の被害者である遺族や家族は、自分たちのケースはどうなのか、怒りや不安などの感情論も含め、あらゆる相談先でアドバイスを得て“理論武装“をし、そして”訴訟で勝つ自信“をつけていると言っても過言ではありません。
2-1.弁護士ドットコムや法テラスなど法律専門家が身近になった
誰でも簡単にネット上で無料弁護相談を受けアドバイスを得ることができるようになりました。
弁護士などの法律の専門家が日常生活でより身近な存在になったのは大きな要因です。
そして重大な労災事案ともなれば“訴額が大きい”ので、弁護士は当然ながら訴訟を勧めることでしょう。
2-2.ユニオンや労働問題専門のNPO団体などの存在も身近になった
会社外のユニオン(労働組合)に一人で加入することは今となってはごく当たり前の時代となりました。
自分の会社の労働組合ではらちがあかない、または労働組合がないなどの理由でユニオンに駆け込み相談するケースは大変増えてきました。
また、労働問題専門のNPO団体も最近では多く設立され、“労働問題の駆け込み寺”のような役割を担っています。
当然ながら労働者を守るために弁護士の紹介や労働基準監督所への進言なども手伝ってくれます。
2-3.Yahoo知恵袋などのネット掲示板で情報がたくさん拾うことができる
「Yahoo知恵袋」や「教えてgoo」などのネット掲示板も簡単にアドバイスを得ることができます。
他人の事例がゴロゴロ記載あるので、自分のケースではどうなのか置き換えることも簡単です。
ですが、専門家ではなく一般の方の書き込みが多いのも事実です。専門的な見地からのアドバイスではなく、「とっとと会社を訴えてしまえ!」などといった、“感情に対する入れ知恵”のようなものも見受けられます。
いずれにせよ労災被害者は、やり場のない怒りや将来への経済的不安など、感情もふくめ簡単に相談できる窓口がたくさんあることは間違いありません。そしてその多くは労災訴訟をより身近にさせていることも間違いないでしょう。
3.会社が訴訟で負けやすくなった
ひとたび労災訴訟となれば会社が弱くなるのには理由があります。
法律や法律に基づいて裁判所が下す判断や厚生労働省のガイドラインなどは、確実に“労働者保護”に重点を置いています。
なぜかというと、働く人の過重労働による健康被害(過労死や過労自殺)、仕事のストレスによるうつ病などの精神疾患は年々増加しており社会問題となっているからです。
ですから会社はこのような労災事故から“働く人を守る責任”が強く求められているわけです。
安全配慮義務違反が問われたら会社が無過失を証明する必要がある
会社が労災訴訟で訴えられた場合、適用する法律によってより働く側が有利になるようになりました。
会社の使用者責任を問う場合と安全配慮義務違反を問う場合などを見ても一目瞭然です。
A. 使用者責任(民法第715条1項)の場合
→被害者が、責任は会社にあること(会社に過失があること)を立証しなければならない
B. 安全配慮義務違反(民法第415条)の場合
→会社が過失がないことを自ら証明しなければならない(挙証責任) *訴える側に有利
この「安全配慮義務違反」が最近の労災訴訟で問われるケースが大変多く、“会社側がいかにやるべきことをやらなかったか“が論点となり、会社には全く過失がないことを会社自ら証明しなければならないのは大変困難です。
例えば労災認定された過労死であれば、
「この人を死なせないために会社はあらゆることを尽くしたのか」が問われるわけです。
「では、なぜ過労死したのですか?」「わかりません」では、通用しません。
このように、法律的には非常に働く側に有利になった言えるでしょう。